デヴィ夫人の人生を変えた結婚までの経緯-シンデレラストーリー?

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デヴィ夫人の人生を変えた結婚

デヴィ夫人は、現在78歳でありながら、

そんな高齢とは思えないほど精力的にテレビの仕事をこなしています。

ワイドショーでは、辛口も辛口のコメントで好評へていますし、

バラエティでは体を張ったロケなどをこなしています。

そんなデヴィ夫人ですが、

結婚までの経緯はどうなっているのでしょう。


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デヴィ夫人とスカルノ元大統領との結婚までの経緯

1940年2月が誕生日のデヴィ夫人は、

戦前生まれになります。

現在の西麻布が子どもの頃にいた場所になります。

戦争中は母と弟の3人で福島県に疎開していたようです。

デヴィ夫人は、15歳の時に旧千代田生命に入社し定時制の高校に通っていました。

16歳の時に父親が亡くなります。

ここからデヴィ夫人の人生が動きだしたと言ってもいいでしょう。

休日も仕事をして家族を支えるようになります。

17歳の頃に知人に宝石商を紹介され、

大人の世界を知る事になるのです。

凄い展開ですよね。

この宝石商に連れてこられてのが高級クラブのコパカバーナなのです。

何度も宝石商につれてこられる様になると、

コパカバーナのオーナーに「ここで働かないか?」と誘われます。

17歳で高級クラブで働く事になるのです。

17歳で高級クラブで働いていいのでしょうか?

非常に疑問です。

18歳の時にはインドネシアと貿易を行っている商人と知り合います。

これが運命の出会いの瞬間を産んだのです。

この商人から合わせたい人がいると言う事で、

その商人と同行したデヴィ夫人の前にスカルノ元大統領が居たのです。

15歳から3年で人生が180度変化してしまうのです。

19歳の時にインドネシアに渡り、

22歳でインドネシア大統領の第3夫人の座に着くのです。

怒涛の人生って感じですよね。


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デヴィ夫人の結婚は正解だったのか!?

はたから見れば、まるでシンデレラストーリーですよね。

ただ実際はここまで綺麗な出来事ではなかった様です。

デヴィ夫人がスカルノ大統領の第3夫人の座に着いたことで、

日本国内では、連日マスコミによる誹謗中傷の報道がされていたようです。

その報道の為に、母親は心労で倒れてしまいます。

母が危篤との連絡を受けてデヴィ夫人は日本に一時帰国しますが、

40日後に母親は亡くなってしまいます。

不幸の連鎖は止まりません。

母親の死後2日後には弟が騙された上に借金を背押され、

ガス自殺でこの世を旅立ってしまいます。

デヴィ夫人の結婚によって、

肉親である2人の人生が変わってしまったのです。

参照=デヴィ夫人の子供時代が壮絶過ぎ!結婚前の本名は?

まだまだ連鎖は止まりません。

1965年にはクーデターによってスカルノ元大統領は失脚します。

デヴィ夫人は日本に亡命を求めますが、

政治的判断でこれを拒否されてしまいます。

結果的にフランスへ亡命します。

この時デヴィ夫人は25歳です。

15歳の時からたった10年で一国の夫人に成り上がり、

クーデターによって一気にその座を失ってしまうのです。

ジェットコースタームービーの様な、

華麗で有りながら壮絶なる10年と言う事です。

 

まとめ

デヴィ夫人がスカルノ元大統領と結婚するまでの経緯を紹介してきました。

この結婚が無ければデヴィ夫人は、

普通の日本のおばあちゃんだったのでしょうか?

インドネシアの一時は政治のトップに立つ人の夫人だったのですから、

世界の表と裏の顔をどれだけ見てきたのでしょう。

普通の人では出来ない体験をしてきただけに、

世間の評判なんて言うのは、

デヴィ夫人にとってはどうでもいい事なのかもしれません

Ratna Sari Dewi Sukarno

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