明石家さんまの生い立ちが壮絶!継母と弟の存在が現在のさんまに影響していた?

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明石家さんまにつらい過去?

明石家さんまさんと言うと常に笑顔でいる印象がありませんか?

仕事柄なのかもしれませんが、明石家さんまさんの笑い方って、

この人ホントに面白そうに笑っているな~とかんじます。

これだけ笑いが絶えない明石家さんまさんも、辛い過去があった様です。

 

明石家さんまと幼少期の出来事と継母のとの確執!?

現在、お笑い界のトップスターでありながら、

笑いについてまだまだ、貪欲な明石家さんまさんですが、

実は過去に辛い事実があったのです。

明石家さんまさんが3歳の頃に、お母さんが病気で亡くなってしまったのです。

3歳と言うと記憶が残っているかいないかのギリギリの所だとはおもいます。

明石家さんまさんが小学校高学年の時に父親が再婚します。

その継母には連れ子がいて、さんまさんは、

弟が出来た事を凄く喜んで義弟の事を「ちび」と呼び、

義弟もさんまさんに、かなり懐いていたようです。

ただ、継母はさんまさんや兄には、心を開こうとはしてくれません。

さんまさんは、必死に継母の心を開かせようと笑わせる事をしています。

これがお笑いモンスターの誕生につながるきっかけになっています。

しかし、継母はお酒を飲みながら「うちの子はこの子だけ・・」

と発言している事を兄とさんまさんは壁越しに聞いてしまったのです。

これが原因で、明石家さんまさんはお酒が苦手になり、

お酒を飲む女性も苦手のようです。

小さい頃のトラウマと言う物なのでしょうね。

明石家さんまさんが大竹しのぶさんと結婚した時に、

大竹しのぶさんの連れ子の二千翔(にちか)さんには、

とても気を使って自分の子のイマルさんよりも先に、

二千翔さんと接触するようにしていたようです。

 

明石家さんまが引退を考えた時期に同期のボケの救い!?

1983年に明石家さんまさんにとっては辛い日が訪れます。

明石家さんまさん27歳の時の出来事です。

既に冠番組を持つなどして、人気物になっていた明石家さんまさんを襲った悲劇とは、

実家の火災によって、義弟の「チビ」が亡くなってしまったことなのです。

19歳と言う若さでした。

ただ、この事にかなり過剰に反応したのが、週刊各紙です。

焼身自殺をまくしたてたような騒ぎに…

まさに人気者の明石家さんまさんの人気を奪い去ろうと躍起になっていたような印象も受けます。

この時のさんまさんの心境は、体験した人しかわからない事だと思います。

「僕の事を昔から尊敬していてくれて、僕の言う事が全て正しいと思っていたみたいです。」

「今度のワールドカップ2人で一緒に行こう。キップは僕が買っておくから、約束したのに。

まだ納得がいきません。」

と当時コメントをしています。

その後、さんまさんは笑いが取れなくなっていき、引退を考えはじめていた時に、

同期のオール巨人さんに救われるのです。

舞台上でくオール巨人さんは、「兄弟焼いたらしいな」とボケをさんまさんに入れ、

普通なら誰もが辛い時期にそんなボケを噛まされても、怒ってしまう所ですが、

さんまさんは、オール巨人さんの励ましと受け取って

「そうや!焼く材木が無くて焼いたんや!」と突っ込みを返して会場は大受けだったようです。

さんまさんは巨人さんに「これでお笑い辞めなくてすんだ」と感謝していたそうです。

 

まとめ

明石家さんまさんの幼少期の出来事や継母との確執・義弟の出来事について紹介してきました。

テレビで見かけるたびに楽しそうにしている、

さんまさんにそんな辛い事があったなんてと思いますよね。

その経験が今の笑いに貪欲なさんまさんを作り上げたのでしょう。

 

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