志村けんの若い頃ってイケメン!!天才エピソードとは?

日本を代表するコメディアン志村けん

イザワオフィス所属で、日本のコメディアン、お笑いタレント、司会者であり、ザ・ドリフターズのメンバーである

志村けん(しむらけん)さん

1968年、高校卒業間際にザ・ドリフターズ(以下ドリフ)の付き人になり、

この際、リーダーのいかりや長介が志村を強引に東北地方巡業へ付き合わせたため、

出席日数が足りなくなり中退の扱いにされたと言われていましたが、

2007年3月の公式ブログでは、高校卒業前の2月からドリフの付き人になり、午前中だけ時間を貰い慌ただしく卒業式に出席し、

仕事に戻ったと述べていることから、正式に卒業していることが証明されたそうです。

初めは由利徹の弟子になろうとした。

次いで、コント55号とドリフのどちらに弟子入りするか迷っていましたが、音楽性の面からドリフを選び

1968年2月にいかりやの家へ直接押しかけ、雪の降る中、いかりや本人が夜中に帰ってくるまで12時間ほど待ち続けたそうです。

そして1週間後にいかりやから弟子入りを認められ、ドリフの付き人となりました

当時のドリフは積極的に音楽活動を行っていたため、仲間内では「付き人」ではなく「バンドボーイ」(通称ボーヤ)と呼ばれていたそうです。

雪が降る中待ち続けるなんてそうとうドリフに入りたかったのが解ります。

そして当時、志村けんは24歳になった時、1974年3月31日をもって荒井注(あらいちゅう)さんが脱退し、

4月1日に正式にドリフのメンバーとなりました。

この時、いかりやさんは自分や荒井と同年代の新メンバーの加入を検討していたが、加藤の推薦により若手の彼が起用されました。

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若いころの志村さんは本当にイケメンだった!

そんな若手だったころの彼の写真が存在していました。

今と比べて雰囲気も違ってカッコいいです。

今と比べて髪もありますし、目もキリッとしていてスーツも似合っています。

髪型は当時パーマが流行っていたのか少し跳ねていますがばっちり決まっています。

現在はもうすっかりおじいちゃんになってしまいましたが昔はカッコいい男性だったのがよく解ります。

時の流れは本当に残酷です…


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松本人志さんも尊敬するほどの芸人

ダウンタウンの松本人志(まつもとひとし)さんは自著『遺書』の中で、

志村けんさん認めるたった4人の芸人の内の一人として記載してました。

「テレビ局の廊下で 家族歌合戦の収録で来てた子供に あっ!変なおじさんの志村けんだ!って言われ、

ムッとした顔で楽屋に入って行って 1分後に変なおじさんの格好で 笑顔で対応した話しは聞いた事あるけど 本当に神な人だよ」

というエピソードがあったそうです。

こんな事もあって松本さんは尊敬するようになったそうです。


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素晴らしい機転の利かせる大芸人

若いころの志村けんさんは本当にイケメンでしたが、年を取った今も愛されるのは人々をお笑い等で笑わせる起点の良さと子どもの為に

変なおじさんの格好して笑顔で接する思いやりのある心があるからだと思われます。

現在はバラエティー中心に活躍してますが今後も幅広い活躍をしてほしいです。

#SHIMURA KEN #MATSUMOTO HITOSHI

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